奇謀な共闘

本作は、「 株式会社アークライト  」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。

 

Call of Cthulhu is copyright ©1981, 2015, 2019 by Chaosium Inc. ;all rights reserved. Arranged by Arclight Inc.

Call of Cthulhu is a registered trademark of Chaosium Inc.

PUBLISHED BY KADOKAWA CORPORATION

 

 

PL向けあらすじ

 ひょんな事から行方不明になった男の捜索を引き受ける事になった探索者達。手がかりを元に調べる内に、それが単なる行方不明事件ではない事が明らかになる。

 消えた男の関わった危険過ぎる秘密、そして窮地に陥る探索者達の前に現れた意外な協力者とは。

 

 

 

シナリオ傾向・ハンドアウト等

舞台:現代日本 

推奨人数:2~4人

シナリオ傾向:シティ

想定時間:ボイスオンセで3~4時間前後

推奨技能:目星、図書館

準推奨技能:医学、オカルト、戦闘技能

 

HO1:NPC「石橋雅也」及びその恋人である「瀬戸みらい」の知人。

   面識がある事から、行方不明になった石橋の捜索を依頼される。

 

HO2:探偵や警察関係者

   仕事として石橋の捜索を依頼される。

   ※警察関係者だとやや探索行動難易度が上がるため注意

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――これより下はKP向け情報となります――――――――

目次

KP向けあらすじ

シナリオの大まかな流れ

シナリオ背景

主要NPC

 

シナリオ本文

1.  導入

2.  石橋の最終目撃現場付近

3.  石橋の自宅アパート

4.  倉庫

5.  マキシマの隠れ家

6.  ハイヌ会日本支部

7.  ハイヌ会アジトへの侵入

8.  食屍鬼の食事場

9.  儀式場

10.脱出

11.エンディング

 

あとがき

 

 

 NPCの詳細ステータス、地図などの提示資料などについては、別途「資料」としてまとめてあります。シナリオを回す際には此方もご参照ください。⇒奇謀な共闘:資料ページへ

 

  

KP向けあらすじ

 怪しげな古物やオカルト的な品をネットで売買する事で小遣い稼ぎをしていた石橋は、たまたま手に入った魔導書、「右腕」の巻物を、その真価を知らないままネットの闇オークションに出品してしまう。その結果、これを商品価値のある骨董品と判断した暴力団「桜乱会」の構成員、志島が落札。この品は後日、仲介人づてに志島へと渡されることとなった。

 チョー=チョー人の血を引く魔術師である張は、あらゆる冒涜的な魔術の力を秘めた「セデフ・カーの像」を所有していた。張はこの像の真の力を引き出すのに必要な「右腕」の巻物を長年探しており、とうとうその写しが日本に渡った事を知る。

 張は一足遅れて石橋のオークション出品の事を知り、巻物を手に入れる為に石橋に接触。しかし巻物は既に仲介人の手に渡った後だった。巻物の取引先を石橋が答えなかった為に、張は石橋を拐って拷問し、巻物の取引先の情報を吐かせた上で羽犬の供物にしようとする。

 その後、取引現場に乱入した張は仲介人と志島を殺害し、「右腕」の巻物を奪い去る。しかし志島はハイヌ会の真実を知り組織を抜け出した槙島という男から、事前に取引の危険性を知らされていた。志島は同じく桜乱会の構成員である花谷十郎にこの事を話しており、志島の身を案じた花谷が部下を連れて取引現場の警戒に向かったため、張とグールたちは痕跡を残したまま逃走を余儀なくされる。

 かくして巻物を入手した張は、ハイヌ会支部の地下にある儀式の間で、セデフ・カーの像を覚醒させる最後の儀式を行おうとする。

 

 この儀式を完遂前に阻止し張の恐ろしい野望を打ち砕くことが、本シナリオの目的である。

 

 

 

シナリオの大まかな流れ

大まかな目的:ハイヌ会の正体を突き止め、儀式の完成を阻止する。

  

●導入      瀬戸みらいから石橋雅也の捜索を依頼される。

 

●捜査      行方不明現場・石橋の自宅を探索し、オークション品の受け渡し場所を知る

 

●倉庫      取引現場での殺人に遭遇し、花谷十郎と接触する

 

●隠れ家     槙島の隠れ家で「ハイヌ会」についての情報を知る

 

●ハイヌ会地下  儀式の間で黒幕を阻止する

 

 

 

 

シナリオ背景

 チョー=チョー人の血を引くカルティストである張は、冒涜的な神話の知識を持ち、悪しき魔術と邪神の力を信仰する狂人だった。邪悪で強大な魔術の力をつかさどるアーティファクト「セデフ・カーの像」を手に入れた張は、像に宿る皮膚無き者の魔術の力を私欲のために求め、像の覚醒のために必要な巻物を収集していた。像の覚醒には「右腕」の巻物に書かれた儀式を行う必要がある事を知った張は、とうとうその「右腕」の巻物の写しが日本に持ち込まれた事を突き止める。

 いよいよ自分の目的が果たされる日が近いと感じた張は、自身の率いるチョー=チョー人カルトである「ハイヌ会」の日本支部を立ち上げる。この団体は表向きにはボランティア活動を行う慈善団体であるが、その正体は恐ろしい目的の達成のために日本で活動するカルティスト達の隠れ蓑である。

 「右腕」の巻物の入手の為手段を選ばず凶行に及ぶ張は、目的の達成のため、東京の地下に潜むグールの集団にも協力を持ちかけた。グールたちは基本的には人間との衝突を避け、人の世から身を隠しながら静かに暮らしているが、中には人間から逃げ隠れしなければならない現状に不満を抱く若いグールたちも少なくない。張はこういった過激派のグールたちに取引を持ちかけ、食料となる生き物の死骸、時には自分達が始末した人間の遺体を提供する代わり、グールたちの力をも借りて大規模な行動を起こす。

 張はグールたちの手を借りて巻物の行方を探りつつ、ハイヌ会の日本支部を拠点として夜な夜な悍ましい食人の儀式を行い、魔術師としての力を高めている。ハイヌ会支部は認知症や知的障害を持つ人々向けの医療センターの形を取っているが、実際にそこに居るのは、魔術の生贄にされ精神力を奪われ、不定の狂気に陥っている哀れな犠牲者たちである。

 偶然「右腕」の巻物を手に入れてしまった石橋雅也、オークションで石橋から巻物を購入した暴力団「桜乱会」の構成員、志島久義、更には単なるボランティアとして何も知らずハイヌ会に参加し、不運にも組織の実態を目にしてしまった槙島博までもが、手段を選ばない張の手によって殺害されてしまう。多くの犠牲を払ってかくして巻物を入手した張は、ハイヌ会支部の地下にある儀式の間で、セデフ・カーの像を覚醒させる最後の儀式を行おうとする。

 この儀式を完遂前に阻止し張の恐ろしい野望を打ち砕くことが、本シナリオの目的である。

 

 

 

 

主要NPC

瀬戸 みらい(せと みらい) 石橋の恋人

性別:女 年齢:24

 

 行方不明になった石橋雅也の捜索を探索者に依頼してくる、導入の為のNPC。穏やかな女性であるがやや思い込みが激しい所があり、恋人である石橋を溺愛している。その為、石橋の私生活のだらしなさなどは「仕方ない人だけど、そこも可愛いところ」と許容している。

 石橋の性格はよく把握しており、パソコンのパスワードなども彼女に訊ねればヒントが聞けるが、その一方で石橋のグレーな小遣い稼ぎについては知らされていなかった。

 

 

 

石橋 雅也(いしばし まさや) 不真面目なフリーター

性別:男 年齢:26

 

 瀬戸みらいの恋人。非常に不真面目で軽薄な男で、職業はフリーターであるが、ネットのグレーなオークションサイトでオカルト関連の品をマニアに高く売りつける小遣い稼ぎをしていた。

 いつもの様にオークションに出品する品を骨董屋で見立てた際に、不運にも「右腕」の巻物の写しを購入してしまい、巻物を追っていた張によって誘拐、巻物の受け渡し先を聞き出された末に食人儀式の供物として拘束されてしまう。

 

 

 

志島 久義(しじま ひさよし) 桜乱会構成員

性別:男 年齢:39

 

 関東を中心に活動する暴力団「桜乱会」の構成員。稼業の一つとして骨董品販売を行っており、値が付きそうな品物を探す最中、石橋が出品していた「右腕」の巻物の写しに目を付けて落札する。

 その後ハイヌ会から逃げ出した槙島からのコンタクトを受け、ハイヌ会の存在は事前に警戒していたものの、取引現場を襲撃したグール達の手によってなすすべなく殺害された。

 

 

 

花谷 十郎(はなや じゅうろう) 桜乱会の危険人物

性別:男 年齢:36

STR14 CON13 POW12 DEX9 APP13

SIZ14 INT14 EDU16  

HP:14 MP:12 DB:+1D4

SAN:60

アイデア70 知識80 幸運60

運転40 応急手当50 回避32 聞き耳50 心理学70

跳躍70 図書館50 目星50 薬学31 

組みつき60 居合41

日本刀70  ダメージ1D10+DB

 

 志島と同じ桜乱会の構成員。頭の回転が速く度胸もあり、その手腕で若くして組織内の地位は高く同胞の信頼を集めている。憮然としていて愛想が悪いが、融通が利き、堅気の探索者達相手にも自分が信用できると見込んだ上で協力を申し出る。

 頭脳派である一方で血の気も多く、神話的な存在には理解がないものの、「化物だろうが邪魔するなら斬り捨てる」と愛用の日本刀を振りかざす気性の持ち主。

 

 

 

八幡 多喜二(やはた たきじ) 桜乱会に潜む食屍鬼

性別:男 年齢:39

STR17 CON13 POW14 DEX11 APP5

SIZ13 INT12 EDU14  

HP:13 MP:14 DB:+1D4

SAN:60

アイデア60 知識70 幸運70

穴掘り75 応急手当50 回避35 隠れる60 聞き耳70 

忍び歩き80 登攀85 跳躍70 腐敗を嗅ぎ取る65 目星50 

 

装甲:火器と飛び道具はロールで出た値の半分のダメージ(端数切り上げ)

かぎ爪 30%  ダメージ1D6+DB

噛みつき 30% ダメージ1D6+牙でいたぶる(1D4)

 

 

 花谷の側近として行動を共にする桜乱会の構成員。その正体は、人間に変装して桜乱会に紛れ込んでいる食屍鬼である。桜乱会の一部の幹部と東京の食屍鬼は協力関係を結んでおり、互いに合意の上でビジネスの一環として八幡は桜乱会に勤めている。ただしこの事実は桜乱会でも一部の上層部のみしか知らず、直属の上司である花谷も八幡の正体は知らない。

 醜い顔を隠す為に季節を問わず厚着で、マスクやマフラー、帽子を肌身離さない。背の曲がった怪しげな風体だが、性格は穏やかかつ誠実で花谷からの信頼も厚い。

 

 

 

 

◆敵性NPC

 

張 浩宇(チャン・ハオユー) チョー=チョー族の魔術師

性別:男 年齢:39

STR13 CON15 POW16 DEX8 APP9

SIZ15 INT13 EDU20  

HP:15 MP:16 DB:+1D4

SAN:0

 

 チョー=チョー族の血を引く魔術師。世界的なカルト集団に所属しており、自身の私欲の為にセデフ・カーの像の覚醒を目論見、その為に必要な「右腕」の巻物を探し求めている。

 目当ての巻物の写しが日本に渡った事を知り来日、自身のカルトの隠れ蓑として慈善団体「ハイヌ会」の日本支部を設立。カルティストの同志や東京の地下に潜む食屍鬼の手を借り、巻物を手に入れようと目論んでいる。残忍な性格で、人間は自身の魔術の為の糧としか思っていない。

 

 

 

 食屍鬼 基本ルルブP.180

 

 

 

アミュレットの魔犬 キパコンP.61

 

 

 

 

シナリオ本文


シナリオ本文の読み方

 

 

・地の文…KP向けの状況説明および処理に関する記述など、シナリオ本文のメイン部分です。適宜目を通しながら進行してください。

この背景色で括られている箇所はPLには非公開のKP向け説明です。
KPが状況を把握する為の情報なので、基本的にPL及び探索者には公開しません。

 

・読み上げ文…情景描写の文章、もしくは文章媒体での情報の内容です。この文章はそのままPLへ向けて読み上げ・提示を行って構いません。

 

 

・ダイスロール文…SANチェック及び各技能などの処理です。技能のダイスロールについては、”※強制”の記述がない場合振れる技能の提案の有無などはKPにお任せします。


1.導入

 探索者達は瀬戸みらいという女性から、行方不明の恋人、石橋雅也の捜索を依頼される。

 理由は「瀬戸の親しい友人として相談される」、「私立探偵として仕事を受ける」、などが妥当と思われる。依頼は別の理由で呼ばれた全員が一同に会して受けても良いし、後からPL側で都合をつけて合流できるのであれば、ばらばらに受けても構わない。

 また、石橋雅也の捜索に関わる事ができれば必ずしも瀬戸経由で依頼を受ける必要はなく、「個人的に石橋の友人だった」など他の理由を付けても構わない。

 瀬戸みらいから得られる情報は以下の通り。

 

・石橋雅也は2日前の夜に瀬戸との待ち合わせ場所に現れず、それ以来携帯に電話を掛けても連絡が取れない

・瀬戸がアパートの部屋を確認すると、靴や携帯などがなかった

・近所の人の話によると、最後に目撃されたのは2日前の夕方に近所のコンビニから出る所だった

 

 これらの情報から、探索者達は石橋の行方を追う事となる。具体的な探索箇所としては、「石橋の最終目撃現場付近」と「石橋の自宅アパート」が挙げられる。これはKPから直接PLに提示してしまって構わない。瀬戸に聞けばコンビニの場所は具体的に教えてもらえるし、捜索のためであれば石橋の自宅アパートの合い鍵も貸してもらえる。

 

 

 

2.石橋の最終目撃現場付近

 瀬戸から得られる情報を元に、石橋が最後に立ち寄ったというコンビニと石橋のアパートの間の道中を探索することができる。【目星】【追跡】その他妥当と思われる探索技能によって、以下の手がかりが獲得できる。

 

【目星or追跡】千切れた紐が地面に落ちている

 

・千切れた紐

 カラフルな色の、何かのストラップのようだ。瀬戸みらいと会っている探索者は、【アイデア】で同じデザインのストラップを持つキーホルダーが瀬戸の携帯についていた事を思い出す。

 

 紐の落ちている場所が、石橋が最後に消息を絶った現場である。キーホルダーの紐からそれを察した後、現場に対してさらに追加で探索を行える。

 

【目星】道路の脇に黒っぽい染みが付着している

【聞き耳】微かだが腐敗臭の様な嫌な匂いが鼻をつく

 

染みに【医学】それが血痕であると分かる

   【SANチェック】0/1D2

 

 また、上記探索技能の成功・失敗にかかわらず、地面に何かの破片が落ちているのを発見する。

 

・破片

 1cmほどの小さな平らな破片。金属と石で作られた、何かのデザインの断片の様に見える。

 

【アイデア】それが羽を模したデザインであると分かる

 

 

 

3.石橋の自宅アパート

 石橋が一人で暮らすアパートの自室。瀬戸に頼めば合い鍵を渡してもらえる。

 狭い室内は男の一人暮らしらしく煩雑としており、家具類や生活用品、私物類が少ないスペースに詰め込まれている。

 中を探索するのであれば、デスクとノートPCが目に付く。

 

◆デスク

 引き出し付きのデスク。上にはノートPCが置かれている。

 

【目星】引き出しに詰め込まれた書類の中から一つのファイルを見つける。

 

・ファイル

 日付と金額、英数字の羅列などがリスト化されている何かの資料

 

【経理】それが入札、送金、手数料など、オークションに纏わる会計記録であると分かる。

 

 ファイルに残されている一番最後の記録は一週間ほど前。

 

◆ノートPC

 パスワードロックが掛かっているが、【コンピュータ】に成功すれば解除する事ができる。また、瀬戸みらいに問い合わせる事で「パスワードはまーくんの誕生日の0518だと思う」と教えてもらえる。

 中身を調べると、「メッセージアプリ」と「SNSアカウント」を発見できる。

 

・メッセージアプリ

多数の連絡先とのやり取りが残されている。内容からして、何かしらの品物のやり取りの記録らしい。

 

【図書館orアイデア】メッセージ内にあるサイトへのURLを発見する。

 

 URL先はオークションサイトのトップページ。ログインされたままの状態になっていて、石橋が定期的に商品を出品していたことが分かる。

 

【オカルト】その筋では有名だという、曰く付きの骨董品や美術品を取引する闇オークションサイトであると分かる。

 

 最後の出品記録は、「1400年代の貴重な巻物」。酷く色褪せた、いかにも古物と言わんばかりの見た目の巻物の画像が添えられている。メッセージアプリを見ると、その出品について以下の内容が残っている。

 

『シジマ様

 それでは、品物はA4-04にて、xx/xx(シナリオ日時)の22:00にお渡しします。』

 

 他の出品記録についても、同様の英数字が指定されている。

 

 【アイデアorナビゲート】都内の港付近にある廃倉庫の区画が、英数字と一致する

 

 

・SNSアカウント

 2日前を最後に更新されていない。最後の一連の投稿は以下。

 

『落札できなかった癖にしつこく難癖つけて来る奴居てクソ萎え。そんなに欲しいなら金払って落とせっつの』

『あんましつこいと普通にこえーな……こういうのってなんかの罪に問えないの?』

 

 

 

4.倉庫

 石橋の自宅で手に入る情報から割り出せる、港近くの巨大な倉庫区画。現在は使用されていない。

 石橋がネットオークションで販売した古書を、仲介人から志島へと受け渡す取引が行われる現場。
 取引の時間として指定されている22:00付近に訪れることを想定している。また、取引は実際には記載されているより1時間早い21:00に行われるため、探索者達が多少早めに現場に張る事を宣言したとしても、たどり着くのは事態が動いた後となる。

 

 巨大な倉庫の外壁は古びていて、ところどころ錆びついている。扉に大きく書かれた英数字が、立ち並ぶ倉庫の通し番号を示しているようだ。薄暗い道を進んでいくと、やがて「A4-04」と書かれた扉が見えてくる。扉は少しだけ開いていており、街灯の明かりが内部の暗闇を照らしていた。

 

 A4-04の倉庫に立ち入るとイベントが進行する。

 

 そこには何人かの人の姿があった。

 入り口の開いた倉庫の中に、それらは力なく横たわっている。数えてみれば合計で5名のそれは、既に息がないであろうことが素人でも容易に分かる。辺りは血に汚れ、その中央で折り重なる様に横たわる身体は所々肉が削げ、骨や内臓が剥き出しになっていた。

 

【SANチェック】1/1D4+1

 

・遺体

 いずれも男性。1人は上等なスーツを着込んでおり、3人は派手なシャツなどの私服姿。最後の1人は黒いウインドブレーカー姿。全体に対してまとめて各種技能を試みる事ができる。

 

【医学または生物学】死後一時間以内であると分かる。また、遺体はまるで食い荒らされたかのように損壊されている。

 

【目星】ウインドブレーカーの男の鞄からは場所と時刻を示すメモが、スーツの男の懐からは手帳が見つかる。それ以外の三人は、懐から小型ナイフや、付近に鉄パイプが落ちているのを見つける。

 

・メモ

 石橋のメールにあった記載と同じ書き方で、同じ日時と場所がメモされている。

 

・手帳

 「マキシマ」という文字の横に携帯の電話番号と住所が書いてある。住所は都内から2時間ほどの場所。

 

 

 上記をある程度探索した所で、取引現場に花谷達がやってくる。

 

「おいテメェら、そこで何してる!」

 どすの効いた声が響き渡る。

 振り返れば、倉庫の外から柄の悪い男が二人、貴方達に向けて睨みを利かせていた。一人は帽子を目深に被り、口元もマスクで隠れていて表情が読めない。もう一人、派手な柄シャツを着た金髪の男が声を荒げて貴方達を威嚇してくる。男の手にはナイフが握られていた。

 

 彼らは桜乱会の構成員であり、花谷の舎弟である。目の前の死体を見て探索者達が四十万を殺したと判断し、激怒してくる。PL達のリアクションを待っても良いが、ここで彼らと戦闘になり敵対してしまった場合シナリオの進行が困難になる為、早い段階で花谷を登場させる。 

 

「よさねェか、お前ら」

 不意に男らの背後から声が掛かる。その声に若い二人が慌てて振り返ると、武器を下ろして脇へと避ける。

 後ろからは高級そうなスーツを着込んだ男がゆっくりと歩み出て、貴方達の前で立ち止まる。

「花谷の兄貴、こいつらが」

 花谷と呼ばれた男は、じっとりと品定めする様に貴方達を睨んだ。

 

 花谷は暫く現場を眺めた後に、「カタギの奴らにこんな事が出来る訳ねェだろう」と舎弟の二人に告げる。その後、探索者達に「お前らがやったのか」と問いかける。

 探索者達が否定すれば花谷はそれを信用し、敵対せず自分達が仲間の様子を見に来て、そして仲間が殺されたので犯人を突き止めたいという旨を話す。探索者に対しての花谷の回答は以下の通り。

 

 

・何者か

 殺された者の仲間であると話す。身分についてははっきりとは明言しないが、どういった筋の者かは分かるだろうと探索者達に逆に問いかける。探索者は【知÷2】で、彼のスーツの胸元にあるピンが桜乱会という暴力団のシンボルである事に気付く。

 

・何故ここに来たか

 ある取引の商品受け渡しをする仲間から、その商品を執拗に狙う者が居るらしいと聞き、念のため様子を見に来た。到着した所、死体とその傍に居る探索者達を発見した。

 

・取引について

 薬物など、違法なものではないと答える。詳しく問い詰めたりするのであれば、それが古書である事までは探索者に開示する。厳密にはそれを扱うオークションは法的にグレーな部分を含むかもしれないが、そこまでは取引した本人でない花谷には関与しない事だ。

 

・自分達を疑っているか

 死体の状態からして、一般人にできる犯行ではないと考えている。その為、探索者達が犯人だとは考えていないと答える。

 

 

 ある程度話をしたところで、花谷は探索者達に此処に居る理由を尋ねる。犯人と見てはいないとはいえ、仲間の事件現場に一般人が居るとなれば、彼にとって完全に無視できるものではないのだ。探索者達が今回の件に関わる捜査をしていると知れば、花谷は関与してしまった以上探索者達も無関係ではない、仲間の事件の犯人を突き止めるまでの協力をと探索者達に求める。

 具体的な内容は話の流れによって変わるが、同行して厳密な協力を、と言う事ではなく、それぞれ個別に捜査をし、有用な情報があれば共有する様にというのが花谷の提案の概要である。以下はRP例。

 

「とはいえ、はいそうですかとお前らを追い出す訳にもいかねェな……お前らは不運にもウチの事件に関わっちまった。そっちも探偵ごっこをしてるってんなら、協力してもらおうか。何か有用な事が分かったら、八幡に連絡しろ」

 そう言って花谷は、自分の脇にいた男を指す。八幡と呼ばれた、帽子を目深に被った男は花谷に対して頷くと、貴方達に連絡先の紙を渡す。

 

 八幡は酷い猫背の目立つ、いかつい男だ。顔の半分以上は帽子とマスクに覆われ、鋭い視線だけがじっと探索者達を見つめる。しかしその見た目に反して、彼は探索者達に対して丁寧に語り掛ける。

 

「まあ、此方も困っているのでね。ご協力いただければと」

 

 八幡は探索者達に自分の携帯番号を渡すと共に、此方からも連絡を取りたいと申し出る。探索者達のいずれかの連絡先を受け取り、いつでも相互に連絡が取れる様にすると良い。

 花谷達と協力関係を結んだ所で、改めて現場の調査を行う事ができる。

 

【目星】やや離れた場所のマンホールの蓋が僅かにずれている

【マンホールに聞き耳】マンホールの周囲からは腐敗臭がする

 

 マンホールの下は下水道に繋がっている。しかし仮に降りたとしてもそれ以上何かの痕跡を追える情報はなく、暗い下水道にやみくもに降りても危険なだけである事を、NPCの口から伝えると良い。このマンホールはグール達が逃走経路に使ったものであるが、たとえ下水に降りても彼らに追いつくことはできない。

 

 ・”マキシマ”の情報について

 電話番号は掛けても「電波の届かない場所にあるか、電源が切られている」と繋がらない。

 住所については調べれば街から離れた人気のない場所であると分かる。

 花谷達に情報共有した場合、「マキシマという人物については覚えがないが、調べよう」と返答される。

 

 

 

5.マキシマの隠れ家

 「マキシマ」という名前と共に志島のメモに書かれていた住所。場所は都心から車で2時間ほどの場所。

 山道を登った場所にある別荘風のごく小さな建物で、周囲は林に囲まれており人気はない。近づいてみると、玄関の鍵は開いていることが分かる。

 

【目星】玄関脇の鉢植えが倒れて割れている

 

 この隠れ家の持ち主である槙島は既にハイヌ会のメンバーによって居場所を突き止められ、連れ去られて始末されてしまった。鉢植えは捕まった際に槙島が抵抗して暴れた痕跡である。必要であれば、または探索者がより注意深く手がかりを追った場合は、争った痕跡を追加で提示しても良い。

 

 建物の中は整頓されており、ざっと見た所男物の衣服や必要最低限の生活用品が揃っている。生活感があり、そこで誰かが暮らしていたことが分かる。その中でも、特に物が集中しているある一室が目に留まる。ベッド、机と椅子、本棚がある簡素な寝室だ。

 

【目星】床に一枚のチラシが落ちている

【机に目星】引き出しの中に一冊のノートが押し込まれている

 

 

 

・「ハイヌ会のチラシ」

 ハイヌ会という慈善団体のチラシ。都内で活動している集団で、公園のごみ拾いや老人ホームでの活動など、幅広く様々な活動を行っているらしい。情報は以下の通り。

 

・リーダーである会長「張 浩宇」が、最近日本支部を設立し活動を開始した

・会長をはじめとした多くのメンバーが中国系の移民の血を引いている

・日本に居る外国人の支援をはじめ、様々な慈善活動を行っている

・仲間意識と世界へ飛翔する意味を込め、翼の生えた犬が団体のシンボルマークとなっている

・日本支部はチラシ記載の住所からして、都心からやや離れた場所にあると分かる。

 

 チラシの端に載っている写真には、アジア系の顔立ちの40代ほどの男性が映っている。男性は整った身だしなみをしており、胸元にはシンボルマークのブローチ、首からは同じ様な犬のデザインの首飾りを下げている。

 

【人類学】会長の顔写真から、中国と言うよりミャンマー系の様に思う

【アイデア】「翼の生えた犬」のシンボルマークの一部が、路上で拾った羽のデザインと一致する事に気付く

 

 住所を調べるのであれば、ハイヌ会の支部までは此処から車で1時間ほどだと分かる。

 

 

 

・槙島の日記

 そのノートには「活動記録」と書かれている。最初の方には、様々な場所で行ったボランティア活動についてが記載されている。しかし中盤からその様な記録はなくなり、代わりに以下の様な文章が記されている。

 

『会長が話しているのを聞いてしまった。ここは普通じゃない。

 何かの犯罪に関わってるのか?

 

 信じられない。犯罪どころじゃなかった

 あんなのは人間のやることじゃない ばけものだ

 

 なんてことだ。右腕を見つけてしまった。

 桜乱会が取引しようとしているみたいだ

 もういっそヤクザの方がまだましだ。連絡をとろう

 

 だめだ。奪われた。僕の事もばれたのか?いやだ

 怖い あれがあれば完成だといってた やばい

 怖い どこに逃げればいいんだ』

 

 ページの最後には、奇妙なスケッチがある。
 裸の男が腕を突き上げている。四角い台座の上に立つそれは、像の様に見える。ペンで殴り書きされた粗雑な絵だが、見ていると何故か心がざわつく様な嫌な気分になる。

 

 

 

★手帳の情報を花谷達に共有していた場合

 一通りの探索が終わった辺りで、電話がかかってくる。電話の相手は八幡だ。

 

「槙島という男は、1週間ほど前に志島に連絡を取ってきたらしいです。なんでも、自分の所属している組織のヤバい仕事を見ちまって、志島が落札した本が、それに関わってるという情報を寄越してきたとか。志島はどうも槙島からの情報を元に、取引現場の警戒を行っていたようですが……それでも足らないとは、いったいどんな相手やら」

 

 

 

6.ハイヌ会日本支部

 大通りの喧騒からやや離れた通りに面する一階建ての建物。正面ドアには「ハイヌ福祉センター」と書かれている。

 エントランスに入ると受付に女性がおり、「来客の方ですか?」と訊ねられる。受付の女性は、ここがボランティア団体であるハイヌ会の日本支部であり、同時に知的障害や認知症などで生活の難しい人の福祉施設である事も説明する。希望すれば部外者であっても内部見学を許可されるだろう。見学を頼んだ場合、別のスタッフが案内をしてくれる。

 見学コースは施設内をぐるっと一周するルートを、案内スタッフの後ろについて回る事になる。特にスタッフの目をかいくぐる工夫なしに勝手な行動をしようとした場合は、スタッフにたしなめられる。

 

 白を基調とした清潔な廊下を、スタッフの後ろについて歩く。

 個室が立ち並ぶ施設内の風景は病院の様にも見えたが、花や絵が飾られ、内装の雰囲気は無機質な病院のそれよりも幾分温かみがある。

 

 施設内には入居者の私室があり、簡素な病室程度のつくりをしている。ただし何らかの方法で中を見るのであれば棚やクローゼットには一切者が入っていない。

 探索者達が周囲を気にするのであれば、見学中、任意のタイミングで目星を振らせて良い。

 

【目星】ある部屋の入口に見覚えのあるキーホルダーが落ちている。

 

 キーホルダーをどうにか入手してよく調べるのであれば、それが瀬戸みらいの持っていたキーホルダーとお揃いのデザインであると分かる。キーホルダーが落ちていた部屋は空き部屋である。

 また、個室スペースのほかに食堂も兼ねたホールスペースがある。ホールには複数人の座れる椅子とテーブルが数セット置かれている。

 

 施設内には入居者と思われる男女がちらほらと見られる。年齢は様々だが、施設着と思しき服を着た彼らは皆どこか目が虚ろであったり、おぼつかない足取りで部屋へと戻っていく様子が見えたり、誰を相手にするでもなくぶつぶつと独り言を繰り返していたりするようだ。

 

 彼等は右腕の在り処を探る為にここに誘拐されてきた犠牲者である。何人かはグールへの供物として殺されたが、残りは精神支配の呪文で正気を失わせてコントロールし、毎晩一人ずつ食人儀式の供物とされている。

 

【精神分析】彼等の状態は正常ではなさそうだが、認知症などの症状とは異なって見える

※強制【聞き耳】「う うらもんのさ さき は は はいぬさまのなか い 祈りの あたまをさんかい さんかい さんかい……」

 

 【聞き耳】に失敗した場合は、犠牲者の声をはっきりと聞き取る事ができない。

 ⇒「う うら……のさ さき は は はい…さまの…… い い…りの あたま…さん……い …んか… ………い……」

 

 

 施設内を一通り回った後、見学コースは庭を軽く眺める形となる。

 

「こちらがお庭となっております」

 案内のスタッフが差した先、ガラス張りの壁越しに外が見えた。施設の裏手側が広々と庭と言えるスペースになっており、中央には小さいながらに噴水がある。整えられた緑が豊かで色鮮やかな花々も花壇の中で咲き誇っている。美しい庭だったが、外に出ている者は誰も居ない。

 庭の中央、噴水の傍にはひときわ目立つ大きな石像があった。高さ2m弱ほどの石柱の上に座る犬の像は、駅前の忠犬像を思わせる。ただしその犬の背には、左右に大きく開かれた翼が生えていた。

 

【目星】庭の裏手、茂みの裏に勝手口の様な門扉が見える。

 

 スタッフに訊ねれば、それがハイヌ会のシンボルである「羽狗(はいぬ)」であると説明される。庭を一望はできるものの、外に出る事はなくそのまま見学コースは終了し、施設の入口へと戻る。

 PLが情報収集の方法を講じるようであれば、可能な限り行動は試みさせて良い。ただしこの施設の重要な最深部へ進むのは基本的に夜のパートを想定している。昼間に強硬手段で内部を調べようとする場合は、スタッフなどに見つかり騒ぎになる危険性を示唆してやめさせるよう誘導すると良い。

 

 

 

7.ハイヌ会アジトへの侵入

 人気のない夜であれば、ハイヌ会日本支部の施設内に忍び込む事が可能となる。正面入り口は閉じられているものの、特に警備システムなどはない為物理的に突破ができれば侵入は可能。また、昼間の間に勝手口を見つけていた場合は、敷地の裏手に回れば勝手口が開いており、そこから侵入する事ができる。

 ハイヌ会アジトはこの施設の地下に作られており、庭の石像がその入り口となっている。日が落ちると、夜な夜な張とグール達は地下の儀式の間にて冒涜的な野望の為の儀式を行っている。

 

 勝手口から侵入した場合、敷地裏手の庭に出る。施設の入居者たちは寝静まっているようで、人の気配はない。このタイミングであれば、羽狗像に近づいて調べる事ができる。

 

・羽狗像

 台座の部分には以下の様な言葉が刻まれている。

 

『ひらかれし

 しずかなるみち

 ようようたる

 うかぶくもさき

 せまき

 よをこえ』

 

  難易度を調整する場合は、上記の言葉をPL達に提示する際に、 資料ページの画像で提示すると良い。⇒資料:羽狗の祝詞  

 

 昼間に犠牲者が口にしていた「羽狗様の中 祈りの頭 三回」というメッセージがヒントになっており、 文言の文頭を取って「飛翔せよ」という言葉を3度口にする事で、隠し扉が開く仕組みになっている。PLが考えに詰まるようであれば、適宜【アイデア】などでヒントを提示する事。

 

 「飛翔せよ」。

 その言葉を三度唱えると、その瞬間、目の前の石像に異変が起きた。文字の刻まれていた壁面が、轟音を立てながら下へと下がってゆき、その奥に空間が現れる。暫く待つと、石柱の一面は完全に地面の下へと消え、代わりにその奥に隠されていた道が露になった。

 石柱の内部には地下へと降りる階段が続いているのが見えた。ぽっかりと口を開けた地下への階段は暗く、冷えた埃臭い空気だけがひゅうひゅうと噴き出している。

 

 狭い階段は非常に暗いが、壁に点々と照明が設置されており、人が使用している事を思わせる。階段を下りてゆくと、途中、脇道に扉が一つ現れる。階段はその先も更に地下へと続いている。

 

 

◆小部屋

 ひどく散らかった、殺風景な部屋。床は地下の地面がむき出しになっている。室内にあるのは大きな段ボール箱がいくつかと簡素な机のみ。机の上には、一冊のノートが開かれたまま置かれている。

 

・ノートの記述「魔狗のアミュレットと食人儀式」

『アミュレットには魔狗が宿る。魔狗は我らの守り神であり、恐ろしき捕食者でもある。

食人の儀式にて、贄の腸を裂き、千切り、祭壇に捧げよ。

捧げた血肉と魂は、魔狗の元へと運ばれる。魔狗の住処へ囚われた魂は永遠に切り裂かれ続け、その精神の力はアミュレットを満たし続ける。さすれば、アミュレットを持つ我らは、その恩恵を身に受け続ける事ができるのだ。

しかし魔狗は非常に危険な存在だ。護身はぬかってはならない。魔狗は精神の力を感じとり、多くの魔力を蓄える者を狙うだろう。魔狗の牙から逃れたくば、贄を捧げる儀式の際には、防護の魔方陣から決して離れてはならない。

アミュレットを持つ者が魔法陣から離れれば、魔狗は直ちに籠を飛び出し現世へと降り立つだろう。魔狗はアミュレットからそう遠くは離れられないが、全員がその凶刃から逃れる事は困難だろう。少なくともその場で最も魔力をもつ者は、その牙の犠牲となるしかない。』

 

・段ボール

 中には多くの書類や分厚い古書、使い道の分からない骨董じみた道具が乱雑に詰められている。中身を漁ると、半分程は中国語で書かれているようだ。

 

【目星】段ボールの中から1枚のメモを発見する。

 

・メモ紙「肉体の保護」

 謎の文言とその内容が書かれている。内容は以下の通り。

『肉体の保護

物理的攻撃に対する不可視の防御壁を生成する。

 

精神の力を消費して、それに応じた強さの障壁を得る』

 

 このメモの内容を読んだものは、「肉体の保護」の呪文を習得する。呪文の詳細及びルールブックでの記述ページ等については資料:呪文の項目を参照。 

 

 

 

 小部屋を超えて更に先へ進むと、やがて階段の終わりに大きな扉が現れる。金属製の大きな扉に鍵は掛かっておらず、押して開けてみればその先は大きな広間に繋がっている。

 

 

 

8.食屍鬼の食事場

 地下階段を下った先にある大きな広間。

 この空間は地下道と繋がっており、グール達の住処とハイヌ会アジトを繋ぐ玄関口である。部屋の脇には地下道のパイプが顔を覗かせており、そこを通路にしてグール達が出入りしている。
 張は主に此処でグール達とやり取りをしており、契約の対価である死体を此処に運び込んでは協力者のグール達に分け与えている。腐臭立ち込めるこの部屋は、グール達の食事場なのである。

 

 天井は優に4,5mはあろうかというそこは、部屋というよりも空洞というに相応しい。小さな体育館程の大きさのそこは、ハイヌ会支部の建物地下に眠る秘密の場所だった。

 貴方達が入ってきた側と反対に、もう一つ扉があるのが見える。その扉は開いたままで、その奥に更に下へと下る階段が見える。

 しかし何よりも貴方達の目に飛び込んできたのは、その手前、空間の中央に広がる惨状だろう。鼻を突く酷い悪臭と、むせ返る様な、これは、血の匂いだ。

 部屋の中央から、赤黒い液体が床を汚していた。倉庫で目にしたものの何倍もの人数の、人であったものが、折り重なって文字通り山の様になっていた。手足が奇妙な方向にひしゃげ、ある者は恐怖に歪んだ顔を此方に向けたまま息絶えている。

 そしてそれらに群がる影があった。二足歩行のそれは人の様にも見えたが、酷く背中の曲がった醜いシルエットだ。彼らは死肉の山に群がり、ぐちゃり、ばきりと嫌な音を立ててどうやらそれを「咀嚼」しているらしい。

 思わず息を飲む。侵入者の気配に気づいた捕食者達が、素早く振り返ってぎろりと睨みつける。犬の様なひしゃげた顔面、血に染まった焼け爛れた様な醜い皮膚に埋もれた眼光はまさしく、人を食らう異形の眼差しだ。

 

グールの群れを目撃【SANチェック】0/1D6+1

 

 グールの頭数は3匹。探索者の人数が多い場合は、KPの判断で数を増やしても良い。彼らは探索者に気付くと食事を止めて襲い掛かって来る為、戦闘となる。

 

 

★花谷の乱入

 もしもアジトに乗り込む前に、「ハイヌ会日本支部」の情報を八幡づてに花谷に伝えていた場合、戦闘が1ラウンド経過した辺りで花谷が乱入してくる。乱入時、花谷は日本刀による攻撃で最もHPの低いグール1体を攻撃する。この攻撃は不意打ち扱いとなる為必ず成功する。

 

「おうおう、随分な事になってるじゃあねェか!」

 日本刀の切っ先を軽く振るいながら、花谷は貴方達を一瞥した。その対極に居るグール達の方も視認するが、彼はその異形の姿にも大きな動揺を見せる事もなく、再び刀を構える。

「詳しい事は知らねェが、こいつらがうちのもんに手ェ出したってんなら、斬るだけだ」

 

 以降、花谷と共に戦闘を行っても良いが、PL及び探索者が戦闘を望まない場合、花谷に「此処は任せて先に行け」と言わせてグール達の相手を任せ、探索者達を先に行かせても良い。その場合、グール達の注意が花谷に集中している間に、素早く奥の扉へと進むことができるとして良い。

 共に戦闘を行う場合は、戦闘終了後、「志島の仇がこの先に居るなら落とし前をつけさせる」と花谷は探索者達に同行するため、最終戦闘に参加させて良い。

 いずれの場合でも、此処での花谷は共闘者であり、探索者達の望む行動の助けとなる様に動かすこと。

 また、花谷を残して探索者が先へ進んだ場合、花谷の行く末はKPが任意に決めて良い。裏で正当にダイスを振って戦闘の結果を判定しても良いし、無条件でグール達に勝利/敗北させても良い。

 

 

 

 

9.儀式場

 階段を更に下ってゆくと、再び天井の高い開けた場所に出る。そこが地下空間の最奥の様だ。

 

 いびつな円形の空間は、先程以上に自然の岩肌がむき出しの地下洞窟と言える代物だった。その奥に、不自然な人工の石造りの祭壇が鎮座しており、大きな直方体の台座の更に奥には、不気味な人型の像が置かれている。その祭壇を向き、貴方達に背を向けている一人のローブ姿の男が居た。

 その男の背中越しに、台座の真っ白な石肌が赤く染め上げられている。その流れ出る血の源、台座の上に横たわっているのは、探していた石橋雅也その人だ。

 貴方達が入ってきた事に気が付いた男―――張は、振り返るとローブのフードを脱いで不敵に笑った。

「おやおやおやぁ、こんな所に何処から鼠が迷い込んだか。まあいい、まとめて魔狗の餌にしてあげましょう!」

 

 張は像と巻物を手に入れ野望達成目前となった事に高揚しており、探索者達がどこから入ってきたかなど気にも留めない。ただ始末すれば良いとしか考えておらず、会話を試みてもまともな返答はない。

 狂喜の笑みを浮かべる張の手には開かれた巻物、首には写真と同じ首飾りが下がっている。また、彼の足元にはうすぼんやりと光を放つ魔法陣の様なものが描かれている。

 

 張は片方の手で首に下げた首飾りを握りしめると、何か呪文のような言葉を口にする。

  その言葉に呼応する様に、彼の足元の魔法陣がひときわ激しく光を放った。それと同時に、張の背後、祭壇の上に不明瞭な霧が立ち込める。黒い靄の様なそれはじわりじわりと広がり濃度を増してゆく。やがて、その黒い渦の中央から、鋭い爪を持つ獣の足が踏み出してきた。

 それは全長が3mにもなろうかという、巨大な犬だった。そのすらりとした体躯は狼に近いかもしれない。4本の脚と、大きく裂けた様な立派な顎には、それぞれ鋭い爪と牙がきらめいている。そして何より、その巨大な犬の背中には、蝙蝠の様な被膜に覆われた大きな翼が生えていた。

 魔犬は、鋭い眼光で侵入者達を睨みつける。

 

アミュレットの魔犬を目撃【SANチェック】1/1D10

 

 魔犬は張の指示で探索者に襲い掛かってくる為、戦闘となる。また、探索者が戦闘技能を豊富に持っていたり、人数が多い場合は張の護衛としてグールを数体登場させると良い。張自身は巻物を手にその様子を高笑いしながら眺めているだけで、直接は何もしてこない。ただし、戦闘のバランスを調整したい場合は、KPの任意の呪文などを使わせても良い。

 魔犬は物理攻撃が通用せず、倒す事は不可能に等しい。この戦闘における勝利は、アミュレットの持ち主である張を魔法陣から出すか、張からアミュレットを奪い取る事である。探索者達が強大な魔犬に真っ向から立ち向かおうとし過ぎる場合には、それがいかに無謀な事かを示し、アミュレットに誘導すること。

 アミュレットを奪う、または張を魔法陣から出すと、戦闘は終了する。

 

「ああ、なんてことを!」

 男は目を見開きその表情を絶望に染めて叫ぶ。その金切り声と重なる様に、部屋全体を震わせる様な遠吠えが響き渡った。見ればそれまで貴方達に襲い掛かっていた魔犬がぴたりと動きを止めて、それからまるで獲物を見定める様に首を緩やかに回した後、男の方を向いて小さう唸る。

「ま、待ってくれ、嫌だ、嫌だァッ!!」

 腰を抜かした男が慌てて立ち上がろうとするよりも早く、魔犬は唸り声を上げて男へと飛び掛かった。大きく開かれた口に煌めいた牙が、男の胴を鷲掴みにしてそのまま壁に叩きつける。潰れた醜い悲鳴と共に、飛び散った血が壁と地面の岩肌を汚す。

 尚も、魔犬が食らいつく度に血しぶきと耳をつんざく様な悲鳴が響き渡る。貴方達の目の前で、男は生きたまま四肢を砕かれ、臓腑を食いちぎられていた。

 

【SANチェック】1/1D6

  

 魔犬は暫くの間、張を食い殺すのに専念しており探索者達に襲い掛かって来る事はない。KPは魔犬がいつ探索者達に意識を向けるか分からず、今の内にこの場から逃げた方が良い事をPLに示すと良い。

 祭壇に寝かされた石橋を助けようと試みるのであれば、彼はまだ息があり、気を失っているだけである。ただし、石橋を助ける為に祭壇に近づく場合、【幸運】に失敗すると魔犬が探索者達に意識を向けて襲い掛かって来る。

 魔犬はアミュレットから離れる事が出来ないため、この部屋より外まで追って来る事はない。

 

 張が持つアーティファクトであるアミュレットと巻物は、基本的に持ち出しを想定していない。持ち出そうとするなど悠長なことをしていれば、魔犬に襲われてしまうだろう。しかし、それでも探索者が品物を持ち出してしまった場合は、以下の扱いとなる。

 

・アミュレット

 張が残したMP(最大50)が蓄積されている。ただし、新たにMPを蓄積する事はできず、中に封じられた魔犬の力によって所有者は毎晩1D3のSANを失う。

 

・「右腕」の巻物の写し

 粗雑な写しの為、有用な情報は殆ど得られない。セデフ・カーの像に秘められた魔術についてと、その覚醒の為のおぞましい儀式の手順が記されているのみ。読んだ場合は1D3ポイントの神話技能を獲得し、1D6のSANチェック。

 

 

 

10.脱出

 探索者達が儀式場から離れると、直後、激しい揺れが地下空間全体を襲う。魔犬が暴れ出した事と、あるいは不完全に覚醒の儀式が行われようとしていた悪しき像の影響かもしれない。急いで脱出する必要がある事をPLに示すこと。

 花谷をグール達の食事場に残して進んでいた場合、そこに戻ると花谷の姿があるだろう。戦闘の結果によって、彼は生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。合わせて、食事場の階層まで戻ると、八幡が現れる。

 

「ああ良かった、皆さんご無事で。此処はそう掛からず崩れます、早く上へ!」

 

 八幡は探索者達に余計な事は気にせずに地上へ脱出する様に促しつつ、負傷者の対応などで人手が足りなければ探索者達の援助をする。また、もし万一グール達が残っていた場合は、彼らを説得して探索者を逃がしてくれるかもしれない。

 八幡の正体を強調したい場合は、この階から上へ脱出する際に【目星】を振らせる。

 

【目星】横壁に開いた大きな下水道のパイプに目が留まる。

 

  ぽっかりと口を開けたパイプの中から、らんらんと光る瞳が見える。ひしゃげた犬の様な顔の、背の丸まった化け物が、何匹もその暗がりから顔を覗かせていた。

 しかし彼らは何か事を起こすでもなく、まるで何かを案ずる様に崩れようとしている地下洞の様子を窺っている。八幡が彼らにそっと歩み寄り、二言三言何かを話すと、彼らは小さく頷いてから暗がりの奥へと消えていった。

 

 

 

11.エンディング

 地上に無事脱出できればエンディングとなる。

 

 ◆GOOD END:張の野望を止めた

 張の野望を何らかの形で止めた場合のエンディング。方法として想定されているのは魔犬に張を食わせる事だが、他にも像を破壊するなどの方法でも構わない。

 無事に野望を阻止して地上に脱出した場合、花谷は身内の敵討ちに助力してくれた事について感謝を述べ、その過程で探索者達が社会的に問題のある行為を働いていた場合でも、桜乱会の力で都合をつけてくれるだろう。

 また、八幡の正体について尻尾を掴んで追及した場合、八幡は花谷の居ない場所でこっそりと、探索者達に正体を明かすだろう。

 

「花谷の兄貴には内緒ですよ。我々グールは、桜乱会のとあるお偉いさんと協力関係にありまして。こうして人間の皆さんと共生してるって訳です。身内の過激派が遠方の魔術師と手を組んで、とはいえ我々としては表立って人間社会の揉め事に介入する訳にはいかないんで困ってた所でして。いや、本当に助かりましたよ」

 八幡はマスクを少しずらして、牙のむき出しになった大きく裂けた口でにたりと笑った。

 

 石橋を救出していた場合、彼は魔術によって精神を搾取されていた影響で記憶が混濁しており、夜道で襲われた以降の事をよく覚えていない。瀬戸みらいは、細かい事情はともかくとして、石橋が無事に戻った事を喜び探索者達に感謝するだろう。

 

 

SAN値報酬

生還した:1D6

張の目論見を防いだ:1D6

 花谷が生きている場合:1D3

 

 

 

◆BAD END:張の野望を止められなかった

 張を止められなかった場合、地上に逃れたとしても張はセデフ・カーの像を覚醒させ、魔術の力を手にしてしまう。

 この場合、どのような事態が起きるかはKPの判断に委ねられる。日本全体を揺るがす様な邪神が召喚され、探索者達はロストとなる後日談を描いても良い。もしくは、そういった危機を新たな物語のフックとして、キャンペーン仕立てで物語を展開させても構わない。

 

 貴方達は恐ろしい魔術と異形に遭遇し、なす術もなく逃亡した。どうにか無事に地上に逃げ延び、あの翼を持った犬はそれ以上追ってくる事はなかった。貴方達は地下で行われていたおぞましい儀式に関する恐怖を頭から振り払うように努めて、自分達の日常へと帰るだろう。

 石橋を救えなかった事、桜蘭会の仇討ちが失敗に終わった事などに貴方達は頭を悩ませるかもしれないが、それらは些細な事だとすぐに思い知る事になる。

 何故なら、あの悪しき魔術師が手にした魔像の力は、後により大きな災厄となって貴方達の世界を襲う事になるのだから。

 

 

SAN値報酬

生還した:1D6

 

 

 

 

 

 


あとがき

 公式サプリメント記載の「奇妙な共闘」のオマージュシナリオです。オリジナルと同様にグールが登場しますが、実はグールと手を組んでいるのは黒幕側で、探索者達にとっての協力者は……というお話。

 カタギではないNPCとの、グールの群れを相手どった戦闘がある為、探索者達およびPLさんたちが血気盛んな場合はなかなかの戦闘メインシナリオになるかもしれません。もちろん、戦闘を望まない場合はNPCに押し付けて退散しましょう。

 公開が予定より大変遅くなってしまったシナリオでもありました……申し訳ありません。もちろん本文の調整に手間取っていたのもあったのですが、実は最後までシナリオ名が定まらず、そこに一番苦戦していたり。いつもシナリオタイトルに苦戦するので、ネーミングセンスを磨かねば……。

 

 

 


ここまでお読みいただきありがとうございました!

実際にプレイしてくださった方は、よろしければ是非アンケートにご協力ください。

シナリオページに掲載する難易度や目安時間などの参考にさせていただきます。

 

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