人間ラヂオ

本作は、「 株式会社アークライト  」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。

 

Call of Cthulhu is copyright ©1981, 2015, 2019 by Chaosium Inc. ;all rights reserved. Arranged by Arclight Inc.

Call of Cthulhu is a registered trademark of Chaosium Inc.

PUBLISHED BY KADOKAWA CORPORATION

 

 

PL向けあらすじ

 発端はとある若い画家の唐突な自死だった。探索者たちは依頼を受け、画家の死について捜査を行うこととなる。

 現場に残された奇妙な絵画と「悪夢」の噂。それは電波のごとく瞬く間に人々を蝕み、やがて街全体を飲み込む波と化してゆく。

 

 

 

シナリオ傾向・ハンドアウト等

舞台:現代日本 

推奨人数:3~4人

シナリオ傾向:シティ

想定時間:ボイスオンセで3時間前後

推奨技能:基本探索技能、重機械操作(最低一人は技能を取得すること)

準推奨技能:戦闘技能、銃火器

 

HO:貴方たちは美術館スタッフの水戸 明美(ミト アケミ)から、画家である江橋 彰(エハシ アキラ)の死についての捜査を依頼される。

・水戸や江橋の個人的な友人

・探偵

など、依頼を受ける理由付けがあれば立場は問わない。

 

 

  

 

 

 

 

 

――――――――これより下はKP向け情報となります――――――――

目次

KP向けあらすじ

 とある若い画家、江橋 彰が奇怪な絵と文章を残して自ら命を絶ったことが、今回の事件の発端となる。彼の死の原因は、大いなるクトゥルフの化身、コラジンによって夢を送られたための発狂によるものだ。

 シナリオ開始より約1ヶ月前、「井須磨建築」の名で日本に潜んでいた深きものの一団が、とある展示会に出展されていたルルイエに関する粘土板を強奪する。彼らはこれを用いて、大いなるクトゥルフの復活計画を始動した。計画によりクトゥルフの化身、コラジンが徐々に目覚め、それは「夢を送る」という形で人々に影響を与え出す。

 探索者たちは江橋の死について調べるうちに、同じく夢の影響を強く受けていた江橋の友人である菱木の存在や、彼ら犠牲者が語る「悪夢」の噂を知ることになる。芸術家である江橋や菱木だけでなく、一般の人々、探索者たちもまた、時間の経過と共に大いなるクトゥルフ、深海に眠るルルイエの夢を受信することになるのだ。

 菱木から粘土板の情報を得て、展示会の現場で聞き込みをする探索者たちがそこで耳にするのは、にわかには信じがたい「半魚人」の噂である。質の悪いB級オカルトのような噂話だが、それは実際に深きものを擁する「井須磨建築」の正体を指摘したものだ。ネット上で半魚人について発信していた「研究者T」と名乗る人物は、実は探索者より一足先に井須磨建築に対して取材を行い、その結果秘密を知られたと気付いた井須磨建築によって殺されてしまっている。

 探索者は拾った手帳から研究者Tの隠れ家を突き止めるが、それは彼の死後になる。ただし、ただのオカルトマニアではなく実際にある程度の神話的知識を持った狂人であった研究者Tの隠れ家には、半魚人改め深きものを駆逐するのに特化した「武器」が隠されているのだ。

 探索者たちは武器を手にして、井須磨建築がいよいよクトゥルフの招来を行おうとしている現場へ向かうことになる。その頃にはコラジンによる夢送りの影響が強まり、街中の人々が壊れたラジオの様にクトゥルフへの祈りの言葉を繰り返すようになっているだろう。

 儀式を阻止し、コラジンを撃退することが本シナリオの目的である。

 

 

 

シナリオの大まかな流れ

大まかな目的:「悪夢」の原因を突き止め、コラジンの招来を阻止する。

  

●導入      江橋彰の自殺について調査の依頼を受ける

 

●江橋の自宅   粘土板を発見し、菱木の住所を入手する

 

●菱木の自宅   粘土板の出所について話を聞く

 

●展示会場    盗難について聞き、井須磨建築と半魚人の噂を知る

 

●井須磨建築   研究者Tの手帳を拾う・儀式の情報を聞く

 

●Tの隠れ家    深きものに関する資料と武器を入手

 

●工事現場   コラジンを撃退する

 

 

 

シナリオ背景

 井須磨建築は表向きはごく小さな建築会社を装っているが、その実態は深きものたちのカルトである。彼らは人間社会に溶け込みながら大いなるクトゥルフ復活の機会を待っていたが、ある時千載一遇のチャンスが訪れる。とある展示会に、ルルイエに関する魔術的なアーティファクトである粘土板が出展されたのである。彼らはこれを強奪したことによって、本格的にクトゥルフ復活のために行動を開始した。その方法こそが、クトゥルフの化身であるコラジンの招来だったのである。

 コラジンは徐々に力を蓄え、人々に夢を送ることで影響を与え始める。最初に影響が顕在化したのは、特にコラジンとの精神的な同調を来しやすかった芸術家などの人々である。画家の江橋・陶芸家の菱木は真っ先に夢の影響を受け、菱木は受信した夢の影響で本物にそっくりな粘土板を作り上げる。

 コラジンの夢の影響は日に日に強まり、特に強くクトゥルフに魅了された江橋は自殺癖を発狂し、クトゥルフを賛美するメッセージを遺し自殺してしまう。これを不審に思った美術館スタッフの水戸が探索者たちに調査を依頼したことが今回のシナリオの発端である。

 コラジンの夢の影響が強まりつつあるため、ネットでは「複数の人間が同じ悪夢を見る」という噂が広まっている。また、井須磨建築の活動が活発化した結果、彼らの姿を目撃した人々により「半魚人」の噂もネットで囁かれるようになった。これについて特に熱心に研究を行っていたのが、「研究者T」を名乗る人物である。

 Tは単なるオカルトマニアではなく、実際にいくつかの神話的事象に関わった経験のある狂人である。井須磨建築の正体に気づいた彼は独自に魔術的な研究を行い、深きものたちに対抗するための武器を制作していた。しかし井須磨建築に単独で調査に乗り込んだ結果、動きを察知され、シナリオ開始前に深きものたちに殺されてしまっている。ただし彼が残した資料には、探索者たちが深きものたち、そして彼らの神であるコラジンに対抗するための情報が多く含まれている。これらの武器を手にすることで、探索者たちは危険な神話生物たちに立ち向かうこととなる。

 

 

 

主要NPC

江橋 彰(えはし あきら) 自殺した芸術家

性別:男 年齢:27

 

 偏屈な画家の男。若くしてそれなりの実績があり、近々美術館で個展を行う予定だった。ひと月ほど前からコラジンによる夢の影響を受けており、夢を通して垣間見るルルイエの光景に心奪われ発狂状態にあった。

 最終的にシナリオ開始の3日前に自殺癖の発狂により自ら命を絶つ。

 

 

 

水戸 明美(みと あけみ) 美術館スタッフ

性別:女 年齢:31

 

 探索者達に調査を依頼した美術館のスタッフ。個人的にも江橋と交友があり、いくら変人であったと言えど江橋の自殺の状況に不審な点が多くあると感じており、何か良くないことが関係しているのではないかと危惧して探索者たちに依頼を行う。

 

 

 

菱木 純一郎(ひしのき じゅんいちろう) 精神薄弱の陶芸家

性別:男 年齢:30

 

 江橋の友人である陶芸家。江橋同様にコラジンの夢の影響を受けており、夢で見た光景に誘われるように本物そっくりの粘土板を作りあげてしまった。江橋とは度々その夢のイメージについて語っていたものの、夢に魅了されてゆく江橋とは対照的に夢の内容に恐怖を抱き、徐々に精神を摩耗してゆく。

 シナリオ開始時点で既に精神的に疲弊しており探索者たちにも関わりたがらないものの、警戒心を解いてやることで知っている様々な情報について話してくれる。

 

 

 

鷹司 清道(たかつかさ きよみち) オカルトマニアの狂人

性別:男 年齢:37

 

 「研究者T」という名前でネット上で半魚人に関する情報を発信していたオカルトマニア。思い込みが激しく、その言論の半分は根拠のない妄言である。ただし彼は単なるオカルトマニアではなく、実際に神話的な事象に遭遇したことがあり、それ故に妄言の中には神話的脅威に対する正しい情報も含まれている上に、魔術的な知識を応用して深きものに対抗する武器まで作り上げている。

 シナリオ開始時点で既に井須磨建築の深きものたちによって殺されてしまっている。

 

 

 

 

 

◆敵性NPC

 

深きもの 基本ルルブP.188

  

 クトゥルフを崇拝する半魚人のような種族。本シナリオでは「井須磨建築」というごく小さな建築会社を装ったカルトを形成し活動している。

 

 

 

コラジン マレモンp.163

 

 クトゥルフの化身。本シナリオでは特殊な方法での撃退となるため、直接コラジンと戦闘を行うことはない。

 

 

 

シナリオ本文


シナリオ本文の読み方

 

 

・地の文…KP向けの状況説明および処理に関する記述など、シナリオ本文のメイン部分です。適宜目を通しながら進行してください。

この背景色で括られている箇所はPLには非公開のKP向け補足説明です。
KPが状況を把握する為の情報なので、基本的にPL及び探索者には公開しません。

 

・読み上げ文…情景描写の文章、もしくは文章媒体での情報の内容です。この文章はそのままPLへ向けて読み上げ・提示を行って構いません。

 

 

・ダイスロール文…SANチェック及び各技能などの処理です。技能のダイスロールについては、”※強制”の記述がない場合振れる技能の提案の有無などはKPにお任せします。


1.導入

 某日正午。探索者達は都内の小さな美術館に集まっていた。若い画家が自殺したとのことで、それに関して呼び集められたのである。

 

 小さな美術館の最奥にある広い部屋。特別展のメインになる予定だった展示スペースに貴方たちを通すと、水戸はそっと扉を閉め、そして照明をオンにした。暖かな色のライトに照らされて、室内の様子が目の前に飛び込んでくる。

 部屋の奥、一帯の床に近づけないようテープが張られている。恐らくそこが死亡現場だったのだろう。画材が散乱する床には、うっすらと黒っぽい染みのような痕が残っていた。

 そしてその目の前の壁に、この部屋のメイン展示が佇んでいる。横3メートル、縦1.5メートルはあろうかという巨大なキャンバスに描かれたその絵からは、どこか近寄りがたい雰囲気が漏れ出していた。

 全体的に青黒い油絵具を塗りたくられたそれは、所謂前衛美術というやつだろうか。何が描かれているのかはっきりしない。薄暗い、青っぽい画面に何本もの柱のようなものが並び、その柱には奇妙な文字めいた紋様がびっしりと細かに描き込まれている。そしてその中央、広々としたキャンバスの中央に、絵とは思えぬ威圧感を放つそれは鎮座していた。巨大なその塊は何かの生命を表しているように感じる。いびつな翼、口元から伸ばされる無数の触手のようなもの。象のようにも、鯨のようにも見えるそれは、ひどく醜悪で、それでいて目が離せなくなる不可思議な引力を持っていた。

 そして何より目を引いたのは、その奇妙な絵画の下に、キャンバスからはみ出して白い壁に直接書かれた、赤黒い文章だ。

 

『来たりしは目覚め 夢路開くかの国 王の再来を 再来を祝えよ!』

 

 水戸は目の前のそれらを見つめる貴方たちに静かに語りかける。

「江橋さんは、その絵の前で自ら首をかき切った状態で発見されました。でもとても、そんなことをなさるとは思えないんです。どうか調査をお願いします、何か、とても嫌な予感がするんです……!」

 

 

水戸から得られる情報は以下の通り。

 

・発見時の状況は?

→見つかったのは三日前の早朝。個展を控えていた江橋恭也は数日前から展示室に泊まり込んでおり、朝の開館準備に来たスタッフが部屋を覗いたところ既に死んでいた。

 

・遺体の状況は?

→死因は傍にあったペインティングナイフで無理矢理喉元をめった刺しにしたことによる失血死。監視カメラに江橋本人が自身の喉を刺す様子が映っており、自殺と断定された。

 

・展示室に泊まり込み?

→江橋は気難しい芸術家で、展示会の前には度々「事前にインスピレーションを高めたい」と展示スペースに泊まり込むことがあった。

 

・江橋ってどんな人?

→一言で言えばまさに「変人」という感じ。とにかく絵画のことしか考えていなくて、寝食を忘れて創作にのめり込んだりすることも多々ある。

 

・死ぬまでの様子は?

→元々変わった人だったけれど、そういえば死ぬ1週間くらい前からは特に様子がおかしかった。神殿がどうのと言って、妙な夢を見ると話していたような……。

 

・描かれている絵について

→本来は展示当日、ライブペインティングを行う予定だったもの。描かれている内容は分からない。

 

【オカルト】または【知識/2】

⇒ここ1ヶ月ほど、「妙な夢を見た」という噂がネット上で流れている。

 

 

 依頼を受けた後、本格的に探索開始となる。具体的には、「夢」について詳しく調べることと、江橋の自宅を調べることができる。依頼を引き受けると、水戸は探索者たちに江橋の家の住所を教え、鍵を渡してくれる。

 

 

 

2.夢について

 夢についてネットで調べるのであれば、【図書館】で以下の情報が開示される。ネット上の掲示板の書き込みのようだ。

 

「最近妙な夢を見て困ってる。内容は曖昧なんだけど、なんか暗い所にいて、すごく不気味な感じ。でっかい柱みたいなのがいっぱいあって、神殿っぽい感じ」

「そんで暫くするとどっかから変な歌みたいなのが聴こえてくるんだけど、何言ってんのかよく分からない。何語かもわかんない」

「でも繰り返し見る内に、なんか段々歌?が近付いてきてる気がする」

 

「俺も似たような夢見る。今月入ってからくらいかなあ」

 

「その夢について詳細教えてもらえませんか?

 自分は見てないんですけど、友人が変な夢見たって言ってて、それが最近おかしくなってしまって」

「おかしくってどゆこと?」

「自○未遂起こして、一命は取り留めたけど今は入院してます。でも今もその夢の話とかよく分からないことを繰り返してるみたいで……」

 

 

 

3.江橋の自宅

 江橋の自宅は古いアパートの一室だ。水戸からもらった鍵で中に入ることができる。

 手狭なスペースに生活用品が煩雑に押し込められており、代わりに広くスペースを取った奥の一室はアトリエ代わりになっているようで、無数のキャンバスや描き上げられた作品が並んでいる。

 

<探索箇所>

居室、アトリエ

 

 

◆居室

 ぱんぱんに膨れたゴミ袋がいくつか並ぶ傍らに、畳まれていない衣服が床に散らばっている。空のペットボトルや弁当の空き箱なども折り重なっており、全体的にごちゃついた部屋だ。

 

【目星】くたびれた布団の傍に手帳が転がっている。

 

・手帳

 癖のある字でびっしりと書き込みがされている。見る限りは日常の出来事や、作品作りのヒントになりそうなことをメモしていたようだ。当たり障りのない記述が続いているが、1ヶ月程前からの記述が目を引く。

 

『(1ヶ月前)

妙な夢を見た。暗い場所。夜、森、洞窟、いや深海か?

広々とした、どこか荘厳な気配のある、奇妙な光景だった。

もしかすると、話に聞いた例のやつかもしれない。

 

(3週間前)

繰り返しあの夢を見る。あれは神託に違いない。

何か掴めそうな気がする。あの歌は何だろうか。歌というか、祝詞にも思える。

 

(2週間半前)

菱木も同じ夢を見ると言っていた。話せば話す程、同じ光景を見ている。

あれはやはりただの夢ではない。

 

(2週間前)

頭痛が酷い。筆を取る気力が湧かない。

掴みかけているのに、あの夢。あの先に何が、なにかいる、知らなければ

 

(1週間半前)

菱木は恐ろしいと言っていたが、これは恐れるものではない。

あれは俺たちに降りて来た奇跡だ。

聞く耳もたなかった。仕方ないのでまた来週話しに行こう。

 

(1週間前)

かの神は神殿に眠っている あれは久遠に眠る神殿なのだ

くとぅるう

 

(5日前)

聴こえてくる 絶えず脳に響く あの歌 呪文だ

目覚める 間も無く 今に来る かの神が

 

(4日前)

聴こえる 聴こえる 降りて来る 繰り返される

くとぅるう ふたぐん くとぅるう ふたぐん

唱えよ 繰り返せ 繰り返せ この祝詞はもっと もっと広がってゆく』

 

最後のページには、展示室の絵画に描かれていた怪物のスケッチがあった。

ペンで描かれた単色のものであったが、絵画よりも明瞭にその細部が描き込まれている。

ぎょろりと見開かれた黒々とした瞳に、言い知れぬ恐ろしさを感じる。

 

【SANチェック】0/1

 

 

 

◆アトリエ

 奥の一室はアトリエとして使用されていたようだ。何枚ものキャンバスがずらりと並んでいる。その他には家具らしい家具もなく、画材が部屋の隅に積み上げられているくらいのものだ。

 

・キャンバス

 パッと目に付く場所にある新しいものはどれも似たようなモチーフが描かれている。暗い寒色に塗りこめられた画面の中に、聳え立つ石の柱や、古めかしい神殿のような建物。同じ場所を様々なアングルで捉えているように見える。

 

 

・画材

 画材の箱の傍らに、宅配のラベルがついたままの段ボール箱がある。

 

・段ボール

 開封済みのようで、開けてみると中にはノートほどの大きさの粘土板が入っていた。粘土板には象形文字のような細やかな模様や何かの絵が刻み込まれている。

 

【考古学/地質学】粘土質は新しく、最近作られたものだと分かる

【オカルト】刻まれた絵は巨大な神とそれを崇める崇拝者たちを表していると分かる

 

 伝票を見れば、送り元に「菱木 純一郎」と書かれており、都内の住所から送られていると分かる。

 

 

 

4.菱木の自宅

 住所を頼りに向かうと、閑静な住宅街の一軒家にたどり着く。インターホンを鳴らせば菱木が応対するだろう。

 

 少しの間をおいて、玄関の扉がほんの少しだけ開いた。家主とおぼしき男がドアチェーン越しに訝しげに顔を覗かせる。

「……どちらさまですか」

 歳は30代頃だろうか。しかしその表情や重苦しい空気は彼をずっと年老いた老人のようにも感じさせる。落ち窪んだ目が長い前髪の間からこちらを睨み付けていた。

 

 菱木は見知らぬ探索者たちを警戒するが、江橋の名前を出せば渋々中に入れてくれるだろう。そうでない場合は【交渉技能-20】に成功する必要がある。

 菱木から聞ける情報は以下の通り。

 

 

・江橋の死について

→あいつ、とうとうおかしくなってしまったんですよ。電波にやられてしまったんだ。

 

・電波?

→僕も彼も、一月ほど前から妙な夢を見るようになってまして。僕はどうにも嫌な予感がしてましたが、あいつは日に日に夢に見入られていくようでした。

 

・粘土板について

→ああ、あれは……夢を初めて見た日、目が覚めたらいてもたってもいられなくて、気がついたら作っていました。ああ、そういえば!

 

 

 

 粘土板について訊くと、菱木はハッとした様子で慌てて立ち上がり、部屋の奥でごそごそと何かを探し回ったかと思うと、程なくして一枚のチラシを持ってくる。

 

「あの粘土板、何処かで見た気がしていたのですが、なんとそっくりなものがこの展示会に出ていたようなのです。あ、いや、違う、盗作ではない!断じて違うのです!ただ、ただ僕は、」

 

・展示会のチラシ

展示会の名前は「海辺の歴史展」。

アメリカマサチューセッツ州の沿岸部から発掘された出土品を中心にした展示会のようだ。展示品の一つとして載せられている写真に、見覚えのある粘土板がある。

開催期間は先月の頭で、都内のビル内にある小さな展示スペースで行われたようだ。住所がチラシに記載されている。

 

「しかし僕がこの展示会を知ったのは、つい最近のことなのです!誓って、嘘など吐いていません!」

「気になって調べたら、この粘土板、展示前日に盗難されたらしいのですが……」

 

 それ以上詳細な情報は菱木からは得られないが、展示会について調べるのであれば【図書館】で以下の情報が分かる。

 

・展示会「海辺の歴史展」

 ・アメリカ マサチューセッツ州の沿岸部で発掘された歴史的出土品の展示会

 ・数百年前の貴金属類や、珍しいものだと更に古い年代の土器なども展示された

 ・都内某所のビル内にあるごく小さな展示スペースで行われた

 

 

 

5.一日目の夜

 夜、探索者たちが眠りに就いたら全員に【POW*7】を振らせ、失敗したPCにのみ夢の描写を送る。

 これはコラジンによって夢を送られている影響である。江橋や菱木をはじめとする芸術家肌の人間は夢の影響を受けやすい。もしも探索者の中に芸術家が居る場合は、POW判定の数値を下げたり、自動失敗扱いにしても良いだろう。

 

 貴方は見知らぬ、暗い場所に立っている。周囲は暗く、何処までも続く闇色が広がっており先が見えない。足元を見下ろせば、ごつごつとした石の床の上に自分の靴が見えた。細かな装飾のような掘り込みが成されているその表面に、あの粘土板を思い出す。

 ふと、何か聞こえてくるのに気が付いて顔を上げれば、いつの間にか目が慣れたのか、随分と周囲が見渡せるようになっていた。辺りには見たこともないような奇妙な形の建造物が立ち並び、それは一つの街か、国を思わせた。

 いびつな石造りの向こうから、何か歌のような声が聞こえてくる。

 目を凝らせば、神殿のように積み上げられた石の柱の間に、何人もの人影が並び、言葉を発していた。ローブを目深に被り背を丸めた不気味な人影が一様に、感情のない声で言葉を繰り返している。

 

「来たりしは目覚め 夢路開くかの国 王の再来を 再来を祝えよ!」

 

【SANチェック】1/1D3

 

 

 

6.展示会現場

 「海辺の歴史展」を開催した展示スペースのあるビル。今は別の展示の準備をしているらしく、忙しなく動き回っている若い女性スタッフがいる。盗難について訊く場合、【交渉技能】に成功すれば詳細を知ることができる。失敗しても概要は話してもらえるが、「臭い」についての話は出てこない。スタッフから聞ける情報は以下の通り。

 

・展示会の前日、自分が設営準備をしていたところ突如ローブの男が飛び込んできて粘土板を持ち去ってしまった

・咄嗟のことで、ローブを目深に被っていたため相手の人相などは分からない

・ただ、妙なことにその男はやけに「生臭かった」気がする

 

【交渉技能】の成否により言い回しは変わるものの、スタッフは「半魚人」についての情報を探索者たちに提示する。

 

「その、皆さんは……半魚人の噂って知ってますか……?」

 

(交渉成功時)⇒

「馬鹿みたいですけど、もしかしたらって思ってしまって……」

「もしかしたらですけど、そういえば、井須磨建築の事務所が近いな~って……」

「その、井須磨建築は半魚人と取引してる……って噂……知りません……?」

 

(交渉失敗時)⇒

「あ、いや、何でもないです!えへへ……」

 

【オカルト】最近ネットで出回っている「半魚人」の噂について知っている。

 

 噂の内容は「半魚人を見た」という殆ど都市伝説めいたネットの書き込みだが、それらの噂について特に熱心にまとめている個人サイトを知っている。

 また、【オカルト】に失敗した場合でも、以下の情報は後からスマートフォンで調べることでも得られる。

 

 

『「半魚人の正体見たり!」 著:研究員T

 

 最近、都内で「半魚人」の目撃証言が挙がっているらしい。

 まるでひと昔前の怪獣アニメのようなちゃちな話だが、どうやらあながちただの法螺話でもない、と筆者は考えている。何故なら、このネット上の噂話について調査する内に、一つの興味深い共通点に辿り着いたからである。

 目撃証言が挙がった場所(具体的な地名は伏せるが)はいずれも、付近にとある建築会社の事務所があり、この会社は比較的小さく新しい会社だが、これまでに携わった仕事にはT港のドック建造や港町付近の社宅団地の建築が含まれている。これはこの某社が半魚人とコネクションを持っていることの何よりの動かぬ証拠と言えるのではないだろうか。

 私の予想はこうだ。この組織はごく普通の建築会社を装いながらも、その正体は半魚人と協力関係を築き、その血の研究と応用を用いて恐ろしき改造魚人間を作り出そうとしている秘密結社に違いない。そしてこの秘密結社が昨今噂の夢を乗せた毒電波の発信元であるに他ならないのだ!その証拠にこの会社はMTTの電話回線を使用しているのだ。これはMTTのネットワークを悪用しあの毒電波を都市全域に流していることを示す。他にも結びつく疑問点は無数にある、たとえば……』

 

 「井須磨建築」について調べた場合、付近に小さな事務所が一つあることが分かる。車や交通機関を使えば30分もかからない程の距離だ。

 

 

 

 

7.集団ヒステリー事件

 探索者が展示現場での聞き込みを終えた後、井須磨建築に移動しようとしたところでイベントが発生する。

 

【POW*6】

失敗⇒ほんの一瞬、目の前に真っ暗な空間と聳え立つ石の建物が映った気がした。

 

 信号待ちをしているときだった。車が行き交う反対側、同じ様に信号が変わるのを待っていた若い男が、おもむろに口を開いたのが見えた。

 

「来たりしは目覚め」

 

 何故だか、その言葉がはっきりと聞き取れた気がした。若い男の声に気づいたのか、両隣の男女が彼の方を見る。そしてすぐに、一緒になって口を開いた。ぴたりと揃った口の動き。三人だけではない。一人、また一人と、彼等は隣の人間に気付いては、次の瞬間にはそれに倣って同じように口を開く。

 やがて信号が青に変わっても、彼等はその場に立ち尽くし、いつしか大合唱となったそれは街の喧騒をかき消して響いた。

 

「来たりしは目覚め 夢路開くかの国 王の再来を 再来を祝えよ!」

 

(POW判定失敗者が居た場合)

(探索者名)もまた、それに誘われるように口にする。「来たりしは目覚め」と。

 

【SANチェック】0/1D2

 

 やがて異変に気付いた通行人が連絡したのか、近くの交番から警官がやってくる。しかし口をそろえて大合唱をする人々はそれにも構わず、現場は一時通行止めの騒ぎとなる。

 井須磨建築に向かう頃には日が傾いていることが望ましい。ここまでの探索で適宜時間を使うか、時間が早過ぎる場合はここで事情聴取などに時間を取られたとすると良い。

 

 

 

8.井須磨建築

 井須磨建築の事務所は大通りから離れた寂れた場所にひっそりと佇んでいる。分かりやすい看板もなく、窓はすりガラスで中の様子は見えない。

 事務所を訪ねる前に、全員に【目星】を振らせる。

 

※強制【目星】道端に一冊の手帳が落ちているのを見つける。

 

※この情報は必須情報となるため、全員が失敗した場合は事務所でのやり取りを終えた後に強制的に発見させること。

 

・手帳

 質素な手帳。よく見れば表紙の端に赤黒い染みが付着している。中には電波、半魚人、などといったオカルト染みた記述がびっしりと記されている。特に最後のページの記述が目に留まる。

 

『やはり井須磨建築が怪しい!!要調査

最近も沿岸地域の工事を担当⇒秘密基地建設に違いない

⇒電波塔付近 毒電波の発信源!?

 

・退治の準備✔

・サイト更新✔

・事務所の聞き込み』

 

 また、手帳の裏表紙の内側、情報欄には丁寧に個人情報が記載されている。住所は都の郊外だ。

 

『鷹司 清道(タカツカサ キヨミチ)

TEL 080-xxxx-xxxx

〒 東京都xxx x-x-x』

 

 

 手帳を拾い終えた後、改めて事務所を調べることが可能となる。ノックをすれば中から社員が応対には出て来るものの、ここでそれ以上踏み込んだ調査をすることはできない。

 

「どちら様ですか?」

 扉を開けて中から出て来たのは、愛想の悪い若い男性だ。どこか起伏の乏しい顔、表情の読めない大きな眼で貴方たちを睨みつける。

 

 何を言おうと塩対応されるが、噂について聞こうとした場合「またかよ……」とぼやく。

 これは既に研究員Tが同様の接触を行っているためである。探索者たちが詮索した場合、「同じ根も葉もない噂でうちに難癖付けてくる人が前にも居たんですよ」と迷惑そうに毒づき、それから「まさか貴方たちも、本気でそんな噂を信じてるんじゃないでしょうね」とじろりと睨まれる。これは単なる脅しでもあるが、井須磨の者達は実際にそれが真実であることを察知されたくないとも感じている。その演出として、このセリフに対して探索者が返答した所で、心理学(70)をシークレットダイスで振ると良い。具体的な会話例は以下の通り。

 

・半魚人について

⇒はい?知りませんけど。そんなホラ話を本気にしてるんですか?

 

・毒電波について(MTTの電話回線について)

⇒何ですかそれ / 貴方たちは一切使ってないんですか?MTT。使ってますよね?

 

・夢について

⇒知りませんし弊社に一切関係ないと思いますが。

 

・研究者T/鷹司について

⇒そのような方は存じ上げません。

 

・手帳を見せた場合

⇒……ああ、すみません。それはうちの社員のものかと。返してもらえます?

 

 

 手帳を見せた場合のみ反応を示してくる。これは事務所に押しかけてきた研究員Tを始末した物的証拠に繋がる可能性を懸念してのことである。ただし、彼らは既に神の招来が目前になっていることから、最悪の場合人間たちに何かを悟られても大きな問題ではないと考えている。そのため探索者が手帳の受け渡しを断った場合でも、無理に回収を強行しようとはしない。

  一通りやり取りが済めば有無を言わさず扉を閉められてしまうが、会話の終わり際に【目星】【聞き耳】を振ることができる。

 

【目星】壁に掛けられたカレンダーの明日の日付に〇がしてある

【聞き耳】「おい、いよいよだが大丈夫だろうな」「ああ、ちゃんと工事は止めてあるよ」

 

 

 

9.深きものの強襲

 探索者たちが帰路につこうとした所でイベントが発生する。井須磨建築から離れ、夜道を暫く歩いているところで【聞き耳】

 

【聞き耳】背後からひたり、びちゃりという足音が聞こえてくる。

 

 振り返れば、フードを目深に被った男がいつの間にか背後に迫っていた。明らかに貴方たちを追いかけて来たであろうその男は、目の前でゆっくりとフードを取り去る。その下から覗いた顔は醜悪そのものだった。灰色がかった緑色にも見えるぶよついた肌。見開かれた丸い瞳は顔の左右についておりぎょろりと飛び出している。ぱくぱくと妙な音が聞こえてくるのは、首の左右に開いた切れ込みから空気が漏れる音のようだ。

 そう、まさしくそれは「半魚人」と言って差し支えない見た目の怪物だった。

 

【SANチェック】0/1D6

 

 深きもの1体との戦闘処理になる。

 この戦闘では深きものは死亡しない。致死ダメージを受けた場合はそのまま素早く身を翻し闇夜に紛れて消えてしまう。また、探索者たちが逃走を選ぶ場合、DEX対抗に成功すればその場を離れられたことにして良い。

 深きものを撃退した場合は戦闘終了後に【目星】

 

【目星】地面に井須磨建築の社員証が落ちている。

 

 

 

10.二日目の夜

 夜、探索者たちが眠りに就いたら全員に【POW*5】を振らせ、失敗した探索者にのみ夢の描写を送る。ただし、前日の夜に対抗に失敗している探索者は今回の結果に関わらず描写を送ること。

 

 貴方は暗い、暗い神殿に立っている。深いその場所が水の底だと気付くと同時に、口から大きな空気の泡が漏れて上へと上ってゆく。しかし不思議と苦しくはなかった。浮上する気泡を視線で追っても、頭上には光もなく上下の感覚すら曖昧だ。

 視線を前に戻すと、石造りの神殿に、ローブを着たあの不気味な半魚人が並んでいた。何十人も列をなし、大きな口をぱくつかせながら一様に同じ言葉を唱えている。

 

「来たりしは目覚め 夢路開くかの国 王の再来を 再来を祝えよ!」

 

 その言葉はやけに大きく、いや、近くはっきりと聞こえる。

 そう、気付けば貴方自身も、同じ言葉を繰り返していた。

 

【SANチェック】1/1D3

 

 

 

11.人間ラヂオ

 翌朝、探索者たちが朝の身支度をしているところで以下の描写を入れる。

 

 なんとなくつけていたテレビでは、朝のニュース番組が流れている。女性キャスターが芸能人の不倫報道を読み上げ、そして淡々と次のニュースへ移ろうとしていた。見慣れた朝の顔だが、ふと目を向けた彼女の原稿を読む顔つきはどこかやつれて見える。

 

「続いてのニュースです。昨日正午頃、都内品谷区の交差点にて信号待ちをしていた複数名が集団ヒステリーを起こし、一時通行止めの事態となりました。

 病院に搬送された十数名は互いに面識はなく、一名を発端にした発作的な症状の伝播と見ています。目撃者によると、彼等は、皆口々に、意味、意味不明な、

 

 意味不明な発言などではありません。彼等は神殿の夢を見て、そして悟ったに違いありません。そう、本日とうとう来たるその時を!皆さんも御唱和ください!来たりしは目覚め 夢路開くかの国 王の再来を 再来を祝えよ!」

 

 青い顔をしていたかと思えば、キャスターは突如目を見開き明るい笑顔でそう言い放った。すぐに画面が切り替わり、「しばらくお待ちください」という画面が表示される。しかしその後いくら待っても、画面は切り替わらなかった。

 

【SANチェック】0/1

 

 

 その後街へ出て移動する間にもその異変を思い知ることになるだろう。通りすがりの女子高生や、家電量販店の店頭に並んだテレビを眺める小学生、駅構内で段ボールの上に座り込むホームレス。多くの人々の口から例の祝詞が零れるのを街のいたる所で耳にすることになる。

 

 道を歩けば、辺りの様子はもはや一変していた。人々の半分ほどはその場に立ち尽くし、皆同じ方向を向いてぼんやりとした顔のまま口をぶつぶつと動かしている。

「来たりしは目覚め 夢路開くかの国 王の再来を 再来を祝えよ」

 小学生も、女子高生も、サラリーマンも、主婦も、老人も、関係なく。皆一様に同じ一文を繰り返す。沢山の声が自然と重なり、不揃いな唱和はまるでノイズ混じりのラジオ放送のようだ。彼らが仰ぎ見る方向には、電波塔が聳えていた。彼らはそちらを見据え、何を見ているのか、何を受け取っているのか、ただ淡々とメッセージを繰り返す。

 

【POW*4】

失敗⇒下記描写

無意識に立ち止まり同じ言葉を唱和してしまう。

他の者に体をゆすられる、強く声を掛けられるなどで我に返るが、その言葉に強く惹きつけられ意識が薄れるのを感じるだろう。

【SANチェック】1/1D3

 

 

 

12.研究者Tのアジト

 手帳に記された住所を元に訊ねれば、住宅街から離れた辺鄙な場所にある一軒家にたどり着く。玄関のドアには鍵が掛かっているが、傍に何も入っていない大きな植木鉢がこれ見よがしに置いてある。

 

・植木鉢を調べる

鉢の下から鍵が出てくる。玄関の鍵のようだ。

 

 

 屋内はごく普通の一軒家と言った様子で、特に変わった点は見当たらない。室内の家具や玄関に置かれた靴を見る限り、成人男性の一人暮らしのようだ。生活感はあるが人の気配はない。一通り屋内を調べると、廊下の一番奥に、地下へ降りる階段を見つける。

 

 階段を下ると、どうやら地下室に繋がっているようだった。壁を探れば照明のスイッチがある。スイッチを入れると、カチリという音と共に室内の様子が照らし出された。

 そこは上階の室内とは似ても似つかぬ、異様な雰囲気を醸し出していた。無骨なラックが壁際に聳え立ち、そこには何かの資料類がぎっしりと詰め込まれている。反対側には広いスペースを持つシンクがあり、その傍らには怪しげな色の液体が入った瓶がずらりと並んでいた。部屋のあちこちには怪しげな機械があり、いくつかは電源が入ったままのようでザーザーと小さなノイズを発している。

 部屋の中央には大きな作業台があり、何より目を見張るのは、その上に広げられた銃火器の数々だ。

 

 この部屋は研究者Tの秘密の研究室である。並んでいる品の半分ほどは魔術的なアーティファクトや兵器であるが、もう半分は特に意味のないオカルトグッズに過ぎない。PLがこれらのオブジェクトを気にするようであれば、「電磁波妨害装置」や「ツチノコのウロコのサンプル」など、それらが明らかにオカルトマニア好みの胡散臭い品であり、シナリオに関する重要な情報は含まないことを描写してしまって良い。

 

 具体的に調べられる箇所は「棚」と「作業台」のみ。 

 

 ◆棚

 分厚いフォルダがぎっしりと収められており、それぞれ背表紙に手書きで表題が振ってある。何かの研究資料のようだ。

 

【図書館】「半魚人について」と書かれたフォルダが目に留まる。

 

・「半魚人について」の研究資料

『 彼らは海からやってきた恐ろしい種族である。見るからに魚のような不気味な外見をしていながら、陸上での活動にも適応している。一体どれだけの個体が現代社会に潜んでいるかは未知数である。

 真におぞましいことに、彼らは人間と交配して子を成すこともできるようだ。年数が若い内は、彼ら混血種族の見た目は人間と全く遜色なく、見抜くことは困難を極める。開発中の電磁波による半魚人発見装置が完成すれば、人間社会に溶け込む彼らを発見して殲滅することも夢ではないが……。

 

 彼らが人間社会に潜み何を企んでいるかと言えば、まさしく世界征服である。彼らは極秘裏にその準備を進めている。この目論見は必ずや未然に阻止せねばならない。その為に研究を重ね開発したのが、何を隠そうこの鷹司お手製半魚人殲滅兵器カルキックスZである。彼らは水棲生物に近い生態をしている故に、その身体構造もそれに通ずるところがある。人間よりはるかに強靭な肉体を持っている彼らは物理攻撃に強く、真っ当にやり合えば撃退は困難を極めるだろう。しかし弱点を突けばその限りではない。次亜塩素酸カルシウムを濃縮し、そこに魔術的な力を加えることで、彼らの体組織に壊滅的なダメージを与える毒を開発することに成功したのだ。これをもってすれば、彼らをこの地上から駆逐することも夢ではない。

 

  また、フォルダを発見したかどうかに関わらず、一通り見終えたところで半魚人に関する資料の間から紙が一枚落ちて来る。

 

・紙切れ

 手書きのメモ。複数の住所が並んだリストのようだ。

『××区●丁目 団地 建設予定

 ●区△丁目 自然公園区画整理 ●月完成済

 ×△区×丁目 沿岸部電波塔 ※建築停滞中 意図的なもの?』

 

  「沿岸部電波塔」の文字には強くアンダーラインが引かれている。住所について調べれば、海に近い地域の電波塔付近が現在工事中であり、その建設担当が井須磨建築であることが分かる。

 

 

◆作業台

  台の上には仰々しい銃火器の類がずらりと並んでいる。拳銃、ライフル、マシンガンなど、探索者の技能に合わせたものがあるとして良い。また、こぶしや投擲、ナイフの場合もそれに適した武器がある。

 

【アイデア】それらがよく見ればモデルガンの類であることが分かる。

 

 実弾は入っておらず、半透明の弾丸の中には白っぽい液体が入っている。ナイフなどの場合も良く見れば刃は鈍く、本物の凶器ではないことが分かる。また、いずれの武器も端に「カルキックスZ」という揃いのロゴが刻まれている。

 以下は武器の一例だが、探索者に合わせて自由に調整して良い。

 

・拳銃

 装弾数6 1ラウンドの射撃数:2 深きものにのみダメージ2D8(装甲無視)

 

・マシンガン

 装弾数25 1ラウンドの射撃数:連射 深きものにのみダメージ2D6+4(装甲無視)

 

・ナイフ

 深きものにのみダメージ2D4+1

 

・メリケンサック

 深きものにのみ拳のダメージ+1D6

 

 

 

13.発信源との決戦

 研究者Tの自宅で発見した「沿岸部電波塔」の住所に向かえば、井須磨建築の工事現場、もとい深きものたちがコラジンを招来せんとしている現場に辿り着くことができる。

 不可思議な唱和に囚われる人々とそれをどうにか正気に戻そうとする人々で町はパニックに陥っていた。そんな中を通り抜け、街並みを外れ、探索者達は電波塔に到着する。

 

 電波塔の前に、ローブの人影が円を描くようにずらりと並んでいるのが見えた。フードを取り払った彼等は、あの魚の様な悍ましい頭部をむき出しにして、大きく飛び出した目をぎょろぎょろと震わせながら、口をぱくつかせ、何かを唱えている。

 それはあの言葉ではなかった。

 

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」

 

 その耳慣れない言葉が「呪文」であると、貴方たちは本能的に直感するだろう。何故なら、その言葉が繰り返されると同時に彼らの中心から眩い光が立ち上り始めたからだ。

 緑色のその閃光は目を焼くほどの眩しさで、しゅうしゅうと音を立てながら膨らんでゆく。やがてそれは巨大な像を結ぶ。無数の触手が蠢く頭部はタコの様な形をしていた。広げた翼は優に数メートルに及び、電波塔を視界から隠してしまうほどの巨大な怪物が現れた。翼の先が電線に触れ、ばちりと音を立てる。それを嫌うように翼を少し縮め、身震いする。

 夢で見た、あの神殿の奥に眠る存在なのだと、それが目覚めようとしているのだと、貴方たちは本能的に理解する。

 その光の塊が体を震わせると同時に、脳内に直接、あの夢のイメージが鮮明に映し出された。口が勝手に言葉を紡ぎそうになる。この強大な存在は人々に影響を与え、やがてその意思を全て奪ってしまうのではないかと感じるだろう。

 

【SANチェック】1D4/1D10

 

 

 半魚人たちは貴方たちに気付いたようで、呪文を唱えていた内の数人が貴方たちに向き直ると何か聞き取れない言葉を荒々しくわめきたてる。理解はできないながらに、こちらに向かってこようとするそれらに明確な殺意があることだけははっきりと伝わってくるだろう。

 深きもの3体、コラジンとの戦闘になる。

 

【戦闘ルール】

<深きものについて>

深きものは大量に群れを成し、コラジン招来の儀式を行っている。その内の3体が詠唱をやめて探索者たちに向かって襲い掛かって来るが、後ろにはまだまだ儀式を行っている控えが大量にいることが分かるだろう。

(彼らをいくら倒しても毎ラウンド3体になるように補充される。)


<コラジンについて>

 コラジンは今もなお膨張を続けている。送られてくる電波のようなものを受け続ければ、いずれ自分たちも街の人々と同様に正気を失ってしまうだろう。

 そうなる前に、コラジンの対処を済ませることが勝利条件となる。

(コラジンは攻撃を行うことはないが、毎ラウンドの終了時に夢を送り探索者を妨害してくる。)

 

・毎ラウンド終了時に全員【POW*3】

 

⇒失敗すると自然と口が祝詞を唱え始めてしまう。SAN-1・次行動目標値-10%

 

 

 

戦闘開始時、PLには【目星】【アイデア】を振ることができることを伝える。これは行動を消費して行うことになるが、1回の行動で両方合わせて振ることができる。

 

【目星】工事現場に停まっているクレーン車が目に留まる。電波塔以外にも、周囲には鉄塔と送電線が張り巡らされている。

【アイデア】クレーン車を操縦できれば、送電線をひっかけてあの巨体にぶつけることができるのではないかと思いつく。


<クレーン車の使用>

・クレーン車に辿り着きエンジンをかけるのに1ラウンド

・電線にぶつけるのに【重機械操作】

が必要となる。クレーン車の操縦を行う場合、そのラウンドの最後に行動になる。車体に攻撃を受けた場合、1回につき重機械操作の成功率が-10%される。

(合計2回【重機械操作】に成功することで、電線が完全に切れてコラジンを直撃する。)

 

 探索者がクレーン車を使用する場合、深きものたちはそれを阻止しようとしてクレーン車に攻撃を仕掛けようとする。ただし、クレーン車から離れた位置で他の探索者が応戦する場合、1人につき1体はその場に引き留めることができる。

 

 

 

・2回の【重機械操作】に成功し、電線を断ち切った⇒GOOD ENDへ

・探索者が全滅した/全員その場から逃亡した⇒BAD ENDへ

 

 

 

14.エンディング

 最終戦闘の勝敗によってエンディングが分岐する。

 

 ◆GOOD END:コラジンを撃破した

 クレーン車で電線を切断し、コラジンを撃破した場合のエンディング。

 

 

 クレーンの先が何本もの電線を巻き込み、力任せに勢いよく傾けられる。とうとうそれは、ぶちぶちという鈍い切断音と、ばちりと激しくショートする火花を纏い、複数の送電線を引きちぎった。

 支点を失った電線は鞭のようにしなり、光り輝くその神へと振り下ろされる。先端が光る輪郭に触れるとともに、バチバチと一層激しく明滅しながら、その化身はもだえ苦しむようにその全身を震わせた。その様子を見て、半魚人たちは手と口を止め大きな眼をぎょろつかせながら慌てふためいている。

 光の粒を振りまきながらその体を徐々に収縮させてゆくそれは、みるみる内に体積を失い、やがて完全に輪郭を揺らがせて空気に溶け込むようにして掻き消えてしまった。それと同時に、頭に響いていたあの祈りの言葉もぴたりと止んだことに気づく。

 最早その神を再び呼び戻すことは叶わないと悟り、残った半魚人たちは我先にと円陣を崩し、その場から逃げ出してしまう。

 切断された電線がばちばちと、未だに激しく火花を散らしている。街も徐々に正気を取り戻しつつある。この事故現場もそう長くかからず見つかってしまうだろう。騒ぎになる前にその場を離れた方が良いと悟り、貴方たちは安堵もそこそこに現場を後にすることとなる。

 

 後日、世間を混乱に陥れた事件は、大規模な集団ヒステリーによるものとニュースで取り上げられた。半魚人や毒電波の奇妙な噂も暫くはネット上を賑わわせているだろうが、それもやがて流行りを過ぎて、徐々に廃れていくだろう。

 

SAN値報酬

生還した:1D10

撃破した深きもの1体につき:1D2

使用した戦闘技能に成長+1D4

クトゥルフ神話技能+2%

 

 

 

 

◆BAD END:コラジンを止められなかった

 コラジンを撃破できなかった場合のエンディング。探索者が戦闘で死亡することを想定しているが、逃亡の場合は適宜描写を改変すること。

 

 

 力尽き、貴方たちはとうとう膝から崩れ落ちる。

 意識が薄れる中、巨大な光の塊がぼんやりと視界を覆ってゆく。それはその光の向こうから、海の果てから、その輪郭に重なるように何かが姿を現すのが見えた。それは紛れもなく、そう、

 

 「来たりしは目覚め 夢路開くかの国 王の再来を 再来を祝えよ」

  

 王の再来を前に、貴方たちの意識は闇へと落ちた。

 

 

探索者ロスト

 

 

 

 

 


あとがき

 年末3日前に「何かご愉快なシナリオやりたいな!」と思い立ち3日で書き上げました。勢いって大事。

 B級オカルトやら電波やら、訳の分からない噂話に紛れた神話的恐怖の話を書きたかった気もしますが、出来上がってみればご愉快要素が大分強くなってしまいました……。現代日本では普段あまり使う機会のない銃火器を気軽に使って遊んだり、重機械を派手に乗り回したりできるシナリオとして遊んでいただければ幸いです。たまには軽めのものがあっても良いかなと。

 ちなみにテストプレイでは研究者Tは健在で、最終戦闘で共闘する運びでしたが、あまりにあくが強かったのでお亡くなりになっていただきました。南無。

 

(実はラヴクラフトの「クトゥルーの呼び声」をほんのりとオマージュしてます。とはとても言えないご愉快シナリオになってしまったのでナイショです)

 

 

 


ここまでお読みいただきありがとうございました!

実際にプレイしてくださった方は、よろしければ是非アンケートにご協力ください。

シナリオページに掲載する難易度や目安時間などの参考にさせていただきます。

 

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